Oh-Ho Do it now, Do it now, Do it now, 武内直子・原作による『美少女戦士セーラームーン』の誕生20周年を記念し、新作アニメが制作されることが決定した。公開は2013年夏ごろを予定している。, 今回の情報は、2012年07月06日に東京・ニコファーレで開催された20周年を記念したトークイベント会場で発表された。尚、新作アニメの主題歌は、アイドルグループのももいろクローバーZが担当する。ももクロはフランスで開催中の「JAPAN EXPO 2012」会場から、生中継で本日のイベントに登場。セーラー戦士たちのコスチュームをまとい、アニメ「美少女戦士セ. We'll assume you're ok with this, but you can opt-out if you wish. モモクロの、[さらば、愛しき悲しみたちよ」っていう歌の歌詞を教えてください!!頑張って覚えたいんですが、、、、、全然歌詞が意味不明で、、、、、とにかくわからないんです!誰か!教えてください!! Oh-Ho Do it, Do it JavaScriptが無効です。ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてください。JavaScriptを有効にするには. 行っちゃえばいーじゃん 今日の新聞(08/21/2017)によると、犯人はボケリア市場付近でワゴン車を乗り捨て、そこからZona Universitatまで歩いて移動。そこで停車中だった車の運転手を殺害して車を奪い逃走、、、ということでした。, 追記3: 月曜日(08/21/2017)の16:10時頃、バルセロナから内陸へ1時間ほど行った所にある村、Subiratsにて、爆弾らしきものを腰に巻き、銃を持った犯人らしき男を地域住民が発見、警察に通報。17:05時頃、警察に対して発砲を始めた為、犯人を射殺したそうです。, なんか先週、TBSで「セカイは今、バルセロナ「観光客減らせ!」のワケ」という番組が放送され、それが結構な反響を呼んでいるということで、僕のところにも各種メディアや自治体、研究者の方々などからの問い合わせが殺到しています。, バルセロナの観光政策とその行き過ぎた成功、そしてその結果引き起こされている市民生活への弊害については当ブログでは度々指摘してきたところです。下記に纏めておきましたので、興味のある方はこちらをご覧下さい:, 観光MICEとオープンデータ:2020に向けて、バルセロナの失敗の学ぶ、データ活用による都市観光の未来, 観光とチープエコノミー:ライアンエアー(Ryanair)などの格安航空機が都市にもたらす弊害, バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側, 都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification), エンターテイメント社会におけるチープ観光がもたらす弊害:観光のローコスト化による観光客の質の変化:Salouの場合, 「観光が引き起こす弊害」という問題については、もう既に2008年の段階でその兆候が見えていました。今から10年も前のことです。更に言えば、2年前には横浜にて「バルセロナの失敗から学ぶ観光政策」というシンポジウムを開催したのですが、時期が早過ぎたらしく、「2020年の東京オリンピックに向けてインバウンドを目指してるのに、なに言ってるんだ、この人は?」みたいな感じで殆ど誰も理解してくれませんでした(苦笑)。そんな中、唯一興味を持ってくれたのが、国際大学GLOCOMの庄司さんで、翌年のバルセロナ・スマートシティエキスポにまで足を運んでくれたり、僕がコーディネートしたバルセロナ市役所副市長や幹部クラスとのスペシャル・セッションの最中も熱心にメモを取られたりと、「あー、さすがだなー」と思わされたりしたのは良い思い出です。, まあ、僕に言わせれば現在のバルセロナが観光に成功し過ぎてしまって、その弊害が出始めるだろうなんてことは、論理的に考えていけば普通に導き出せる答えだったので、そんなに驚きではないのですが、TBSもどうせだったら現在のバルセロナがその弊害に対してどういう対応策を考えているのか、「どの方向に舵を切ろうとしているのか?」など、そういうところまで踏み込んで取材してくれれば良かったのに、、、と個人的には思います。, ちょっと意地悪なことを言ってしまうと、今回のTBSの元ネタは上述した僕のブログだということは丸分かりで、放送された最後のコメント、「オリンピックを控えた日本では外国からの観光客の誘致を進めていますが、観光客を増やすことだけを優先してきたバルセロナの失敗から学ぶべきことは多いと感じました」っていうのは僕のブログ記事そのままですからね(笑)。っていうか、ネタは丸パクリって分かってるんだから、最後の表現くらい変えればいいのに、、、(苦笑)。, バルセロナの名誉の為に少しだけ補足しておくと、一応この分野では世界トップを走っている都市なので、「観光客にやられっぱなしで黙っている」なんてことはしていません。僕の目から見ると、むしろかなり積極的に革新的な政策を打ち出しています。バルセロナの背後で都市戦略を創っている人達も勿論知っていますし、彼らは来月ボストンに来て僕と色々と打ち合わせをすることになっていたりもするんですよねー。, 我々の世界は常に動いていて、状況は刻一刻と変わっていっています。そこに見えている表面的な変化ではなく、もっと深いところにある構造的な変化を敏感に察知しながらも、そこから常に5年先、10年先の都市の姿を想像すること。その想像に基づいて、いまから打つべき最善の手を創造できる人達が少なからずいるということ。, 最近は夏休みということもあって、MITには小中高校生がひっきりなしに観光に来てるんだけど、先日廊下を歩いてたら、やたらと「写真撮らせて下さい!」リクエストが多い日がありました。最初は何が起こったのかさっぱり分からなかったんだけど、写真を撮った後に何気なく聞いてみたら、「科学者(サイエンティスト)とピカチューのギャップが面白かったから」とか言われてしまい。。。, それでもなんの事か良く分からなくて、、、突っ込んで聞いてみたら、どうやらその日僕が着てたTシャツがピカチューだったらしい(驚)。「え、そ、そんな筈は無い!」とか思って、トイレに行って鏡を見てみたら、「ほ、ほんとだー。ピカチューだ!!」。, い、いや、このあいだ偶々ユニクロに行った時に適当に黒いTシャツを選んで買ったら、それが任天堂とのコラボTシャツで図柄がピカチューだったみたいです(笑)。 言われるまで全く気が付かなかった(汗)。, ちなみにMITの研究室の多くはこんな感じでガラス張りになってて、檻の中に閉じ込められている我々の姿を「まるで珍しい生き物が生息しているかの様に」観光客の皆さんが覗いていきますww, 「ビルバオ」と聞いて多くの日本人の皆さんが思い浮かべるのは、奇抜な形態で世界的に有名なグッゲンハイム美術館ではないかと思います。建築家フランク・ゲーリーがデザインしたあの独特な形態と、鈍く光るチタニウムに包まれた外観、そんな摩訶不思議な建築が、重工業で廃れた街を蘇らせたというシンデレラストーリー。, ビルバオの都市再生については(バルセロナの都市再生の事例と共に)、当ブログでは何度も扱ってきたので再度ここで詳しく取り上げることはしません(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。ただ一点だけ強調しておくと、ビルバオはグッゲンハイム美術館だけで蘇ったシンデレラ都市ではありません。そうではなく、バスク州政府やビルバオ市役所などが何年も練ってきた都市戦略と都市再生計画、それらの上に細心の注意を払いながら乗せられたもの、それがゲーリーによるグッゲンハイム美術館であり、ビルバオ都市再生の骨子でもあるんですね。, 極端な話、ゲーリーによるグッゲンハイム美術館が無かったとしても、僕はビルバオの都市再生は成功していたと思います。そしてこの点にこそ僕は「都市に対する建築の可能性」を感じてしまう瞬間はありません。 ←どういうことか?, 上述したようにビルバオは決してゲーリーのグッゲンハイム美術館だけで再生したシンデレラ都市ではありません。←ここ、本当に大事です!←テストに出ます(笑)。, しかしですね、いまではビルバオに住んでいる誰もがグッゲンハイム美術館のことを知っていて、(ビルバオに実際に行けば直ぐに分かることなのですが)この地では子供からお年寄りまで、誰もがグッゲンハイム美術館のことを嬉しそうに語るんですね。街中で道を尋ねようものなら、「あなた観光客?グッゲンハイム美術館ならあの角を曲がってちょっと行ったところよ、、、」といった感じで、その口調は「この美術館のことを心から誇りに思っている」、そんな感じを受けてしまいます。, いわばグッゲンハイム美術館という建築は、「都市再生の効果を何十倍にも増幅することに成功した」と、そういうことが出来るのでは無いでしょうか?そしてこれこそ建築本来の姿なのでは、、、と思う訳ですよ。何故なら:, 「建築とは、その地域に住んでいる人達が心の中で思い描いていながらも、なかなか形に出来なかったもの、それを一撃のもとに表す行為である」(槇文彦), そんなグッゲンハイム美術館なのですが、その都市的コンテクストについては今まで数々の言説が出ているにも関わらず、その内部空間、ひいては展示物との関係性についてはそれほど語られていない状況だと思います。そしてこの美術館を訪れた時に見るべきなのは、「内部空間の連なり」と、「その展示物との類稀なる関係性である」ということを今日は書いてみようと思います。, これだけで背筋がゾクゾクしますね。この辺りは旧重工業地帯のど真ん中で、それらの工場が廃れていくと共に、売春婦や麻薬中毒者、貧困層などが多く住み着くエリアとなってしまったそうです。, 失業率は50%を超え、誰もが希望を失う、そんな悲しい街となっていったんですね。その時の名残、、、とでもいうのか、この細い路地の両側には車両が立ち並び、少し薄暗い路地を通してグッゲンハイムを見ることが出来るのです。そしてこの路地を抜けると出逢うのがこの風景:, 圧巻の風景です。右手に見えるのはコピーと言う名前で呼ばれている巨大猫(笑)。この猫、表面が植栽されていて、季節によっては色とりどりのパンジーなどが植えられ、色鮮やかな猫に生まれ変わるそうです。, どーん。先ずは向かって右手方向に大きく傾斜している壁、、、というか「アルミの塊」が非常に印象的です。これがものすごい圧迫感で迫ってきます。そして(雑誌に掲載されている写真ではナカナカ伝わらないと思うのですが)この建築へのアプローチはここから階段で1フロア降りていった所からになっているんですね:, うーん、、、このアプローチは非常に良く考えられてるなー。と言うのも、このアプローチは先程見た巨大猫との関係性から逆算されてデザインされているものだからです。多分、大多数の来館者の方々が先ず訪れるのは先程の巨大猫だと思うのですが、そこから一直線に美術館に向かってアプローチして行ってみます:, 先程見た塊(右側の壁)が「これでもか!」と言わんばかりに迫り出してきます。そして下階へと向かう階段が、「左周りに螺旋を描きながら」下降していっているんですね。それはこちら側から見ると良―く分かります:, ほらね。もしもゲーリーが感覚に任せて、まるで「紙を丸めてグチャグチャと形態を決めているだけ」なら、決して出てこない形だと思います。言うまでもないことですが、このようなアプローチ空間における螺旋の構造は、コルビジェが非常に得意としたところでもあります(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。アルド・ヴァン・アイクとかもやってました(地中海ブログ:アルド・ファン・アイク(Aldo Van Eyck)の建築その1:母の家:サヴォア邸に勝るとも劣らない螺旋運動の空間が展開する建築)。, 非常に気持ちの良いエントランス空間の登場〜。壁が飛び出てきたり、反対に引っ込んだりと、非常に不思議な感覚を醸し出しています:, ここから外へ出て行ってみます。川沿いに芸術作品が並び、観光客と共に地元の人達のお散歩コースになっているようでした。, ちなみにここから10分程歩いた所にはカラトラバの橋が掛かり、街中にはノーマン・フォスターがデザインした地下鉄の入り口が口を開けています。, 街の中心、Moyua駅構内にはノーマン・フォスターが残していったサインが大切に保存されていました。スペインという社会文化の中で、建築家という職業がどの様に扱われているのか、社会的にどの様な地位が与えられているのかが良〜く分かる象徴的な取り組みだと思います。, 先程外へ出た所から左手方向に歩いていくと、この美術館最大の展示室へと導かれます。そしてこの展示室にはリチャード・セラの超大作(The matter of time (1994-2005))が「これでもか!」と、所狭しと並べられているんですね。, (注意) グッゲンハイム美術館の内部は、美術作品以外は基本的に写真撮影可能となっています。そして写真撮影不可の美術作品が展示されている入口には「撮影禁止」という表示が掲げられています。しかしですね、リチャード・セラの展示室の入口には撮影不可の表示はありませんでした。また、他の来館者の行動を観察していると、みんなパシャパシャ写真を撮っているし、その姿を見ていた学芸員も注意等はしていなかったので写真撮影可と判断しました。, と言う訳で、いよいよリチャード・セラの作品を体験してみます。良く知られている様に、リチャード・セラは巨大な鉄板を弓形に曲げて、あたかも空間の歪みを作り出しているかの様な、そんな作風で知られています:, こちらは分厚い一枚をグルグルっと巻いて作った空間です。少しづつ中へと入って行ってみます:, 入ってみると分かるのですが、この鉄の曲がり方が少し手前へ倒れていたり、あちら側に反れていたりと、一見同じに見える形態でも、それらの間にチョットした変化があるんですね:, 歩くことによって刻々と変わっていくカーブが空を切り取っています。更に進むと、先程の倒れ掛かってくる壁の角度が変わることから、僕を包み込む空間も激変するんですね:, 先程とはちょっと角度が異なっていることにより、これまた空間が激変します。 、、、こんな時、僕が何時も思い出すのは、学生時代に目にした新建築住宅コンペ金賞案に書かれていた次の記述です:, 「四角形を多角形の中に挿入する。それをどんどん変化させていく。ある所は部屋になり、ある所は廊下になる。わずかな差であるが、空間は激変する」, これはジャック・ヘルツォークが審査員を務めた年の金賞案だったんだけど、説明文はこれだけで、あとはその四角形の中で多角形が少しづつ変化していく図が100個ぐらい書いてあるだけ。。。 ←キョーレツな印象を僕の心に残してくれました。, 、、、と、そんなことを思いながら、今度は隣にある彫刻を見に行ってみます。こちらには何枚もの鉄板が立っています。その隙間から入って行ってみます:, うーん、これはちょっと面白いぞー、、、と思い始めたら最後、気が済むまで体験するのが僕の可愛いところ(笑):, この巨大な空間に散らばるリチャード・セラの彫刻を一つずつ、端から端まで行ったり来たりしてみました:, 特に数えてた訳じゃないけど、20往復はしたと思います(笑)。時間にして約6時間、、、 ←ひ、暇だな、オイ(笑)。 ←挙句の果てに、彫刻の前に座っていた警備員が、「あのー、だいぶ熱心に見られてるようですが、専門の方ですか?」とか話し掛けてくる始末(笑)。 ←「ええ、来館者調査のエキスパートですよ。MITの研究員とルーヴル美術館のリサーチ・パートナーやっています」って答えたら、なんか奥から学芸員という人が出て来て、、、と、今日の記事とは関係ないので、この続きは別の機会にでも。, そんなこんなで、6時間くらい歩き回った時のこと、「あ、あれ、この壁の傾き方はちょっと面白いかも、、、」と思ったのがこちら:, そう、この壁の傾き方は、シザの教会の壁の膨らみに似てるかも、、、と一瞬そう思ってしまったんですね。そしてここで僕はあることに気が付きました:, 「も、もしかして、リチャード・セラという彫刻家は、こんな風に壁を迫り出したり、押し込めたり、はたまた湾曲させてみたりして、その空間を歩き回る我々がその空間でどう感じるかという実験を行なっているんじゃないのか、、、???」, そーなんです!リチャード・セラがこの広大な空間で実験していること、それは一枚の大きな壁を使って様々なパターンを作り出し、我々がそういう空間に身を置いたらどう感じるか、、、という壮大な空間実験をしているのです!, これは凄い!というか面白い!何故ならこれは非常に建築的な提案でありながらも、単体の建築には真似出来ないことだからです。 ←上に述べたシザの教会の壁や(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の知られざる地下空間:真っ白な空間と真っ黒な空間)、エンリック・ミラージェスのお墓で傾いていた壁など(地中海ブログ:イグアラーダ(Igualada)にあるエンリック・ミラージェスの建築:イグアラーダの墓地)、局所的に一つか二つくらいの空間体験を作り出すことは可能かもしれないけど、空間体験の色んな可能性をここまで用意するのはコストの面から言っても非常に難しいかなー、という気がします。, 僕がこの壮大な実験のことに気が付いたのは、この展示室に入ってからかなり時間が経った頃のことだったんだけど、何故そんなに時間が掛かってしまったかというと、それは僕の頭の中では「彫刻=一瞬の凍結」いう方程式が先入観としてあったからなんですね。彫刻と建築の違いを僕は以前のエントリでこんな風に書いています:, 「‥‥彫刻の素晴らしさ、それは一瞬を凍結する事だと思います。何らかの物語の一コマ、その一コマをあたかもカメラで「パシャ」っと撮ったかのように凍結させる事、それが出来るのが彫刻です。建築家の言葉で言うと、「忘れられないワンシーン」を創り出す事ですね。, では何故、彫刻にこんな事が可能なのか?それはズバリ、彫刻は動かないからです。「そんなの当たり前だろ、ボケ!」という声が聞こえてきそうですが(笑)、これが結構重要だと思うんですよね。彫刻は時間と空間において動きません。だから僕達の方が彫刻の周りを回って作品を鑑賞しなければならないんですね。そしてもっと当たり前且つ重要な事に、彫刻は一度彫られた表情を変えないという特徴があります。だからこそ、彫刻の最大の目標は「動く事」にあると思うんですね。, 建築家である僕は(一応建築家です(笑))、ココである事に気が付きます。「これって建築、もしくは都市を創造するプロセスとは全く逆じゃん」という事です。どういう事か?, 僕達が建築を計画する時、一体何を考えてデザインしていくかというと、空間の中を歩いていく、その中において「忘れられないワンシーン」を創り出していく事を考えると思います。何故か?何故なら建築とは空間の中を歩き回り、その中で空間を体験させる事が可能な表象行為だからです。だから建築や都市には幾つものシーン(場面)を登場させる事が出来ます。そう、幾つものシーンを登場させる事が出来るからこそ、我々は、忘れられない「ワンシーン」を創り出そうと試みる訳なんですね。, このように彫刻と建築は、その作品の体験プロセスにおいて全く逆の過程を経ます。彫刻は「ある一瞬」から心の中に前後の物語を紡ぎ出す事を、建築は様々な場面から心に残る一場面を心に刻み付ける事を。しかしながら、それら、彫刻や建築を創り出す人が目指すべき地点は同じなんですね。それは「忘れられないワンシーン」を創り出す事です。」(地中海ブログ:彫刻と建築と:忘れられないワンシーンを巡る2つの表象行為:ベルニーニ(Bernini)の彫刻とローマという都市を見ていて), しかしですね、このグッゲンハイム美術館で展開されているリチャード・セラの彫刻は、今まで僕が見てきたどんな彫刻とも全く違うものだったと思います(地中海ブログ:世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデル(Camille Claudel)について)。それは、何かしら忘れられないワンシーンを一瞬に凍結したものではなく、その中を歩くことによって我々に空間を体験させる、いわば、建築の様なものだったのです。, 彫刻は動きません。だからこそ、いかにそこに動きを創り出すかが彫刻の究極の目的だと僕は思います。その一方、建築は空間を連続させることによって、来館者にその空間を体験させます。つまりは、その空間の中を動く来館者が、いかに「忘れられないワンシーン」を記憶に残すことができるか、それが建築の醍醐味なんですね。, しかしですね、今回見たリチャード・セラの彫刻は、あたかも「建築的に振舞っているかの様」なのです。しかも、建築には到底真似出来ない方法で、来館者に様々な建築的な体験をさせるというおまけ付き。, この様な建築的な彫刻が、ゲーリーのグッゲンハイム美術館の、その最も代表的な彫刻としてここにあることの意味、それを考えるのもまた面白いとは思うんだけど、それはまた、別の話。, 動かないが故に、一瞬の中に動きのエッセンスを込めることによって、そこから動きを彷彿させることを信条とする彫刻。空間の中で動くことが出来るが故に、その動きの中から忘れられないワンシーンを永遠に動かないものとして止めることを目的とする建築。, 追記: バスク地方はグルメの街としても非常に良く知られています。一応事前に調べて「タパスが美味しい」と評判のお店に行ったのですが、これがトンデモなく美味しかった。下記は僕が滞在中に食べたタパスの一例。どれも400円くらいの小皿なんだけど、全てのお皿がコース料理のメインをはれるくらいの質を持っていました。正直、このレベルの料理がこの値段で街の至る所に溢れているというのは、ちょっと驚愕レベルだと思います。, 卵、フォアグラ、キノコ、ポテトなんかをフライパンに載せたもの。一体自分が何を食べているのか、正直良く分からなかったけど、今まで食べたことがないくらい美味しかったことだけは確かww, こちらは卵焼き(トルティーリャ)。在スペイン16年だけど、こんなに凝ったトルティーリャはいままで見たことがありません(笑)。, 先週末、バルセロナから電車で約15分のところにあるガウディの傑作中の傑作、コロニア・グエル教会に行ってきました。, ガウディ建築に関しては、バルセロナの「街としての質」を決定付けていることなどから、当ブログでは頻繁に取り上げてきました(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間、地中海ブログ:ガウディ設計の世界遺産グエル館(Palau Guell)その1:この建築の地下に眠っている素晴らしい空間は馬の為のものだった!、地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))。その中でも、コロニア・グエルに関しては、行き方やその建築の特徴を含め、特筆する形で書いてきたんですね(地中海ブログ:アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その1:行き方)。, 「コロニア・グエル駅」に着いたら、そのまま駅を出て電車の進行方向とは反対側へ歩くこと5分、旧紡績工場群が姿を現してきました:, 古い工場や建物を壊すのではなく、改修して蘇らせることによって地域活性化に貢献させるべく、新しく蘇った建物の中にはベンチャー企業やクリエイティブ産業などが多く入り、この廃れた街に活気を与えているのが見て取れます(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。, 当時の趣を色濃く残す町中には、ガウディ建築を目指して集まってきた観光客がチラホラ見えます:, 町の中心近くにある観光案内所を訪れ、教会堂へのチケットを購入します。この観光案内所では、この町の歴史に関する情報や、近郊の町の情報、更には観光ルートなどを教えてもらうことが出来ます。そんな観光案内所を出て歩くこと約3分、林の中にひっそりと佇んでいる教会が姿を現します:, その佇まいは本当にさりげなく、まるで周りの雰囲気と一体化しているかのようなんですね。そしてコチラが現在の正面ファサードです。, 何とも不思議な造形です。2002年に完成した改修によって現在はこの方向からのアプローチとなっているのですが、それ以前は大階段があった下記の方向からのアプローチとなっていました:, しかしですね、造形的には現在の方向から見たファサードの方が圧倒的にカッコイイかなー、と個人的には思います:, 向かって右側にある作りかけの階段が途中で折れて捩じれている事によって、大変不思議な上昇感を創り出しているんですね。右端の一番低い部分から始まった「線」が斜めに駆け上り、左側の不思議な形の窓が付いた壁がしっかりとその「線」を受け止めているのが見て取れます:, よく知られているように、この建築は工事半ばでガウディが手を引いてしまった為、「永遠の未完の作品」となってしまいました。だから地下の未完成部分だけを指して「ガウディの造詣能力」を賞賛するのはちょっと違う気がしないでもないけど、そうせずにはいられないほど魅力的な造詣である事も又確かなんですね。, さて、このコロニア・グエルで僕が、ずーーーーーっと心に引っ掛っている事があります。, 伝説ではガウディは、コロニア・グエルの建築形態や内部空間を「逆さ吊り実験模型で自動的に決定した」となっていたと思います。 ←ちょっと違うかもしれないけど、多分こんな感じ。, 明らかなのは「逆さ吊り模型」の視覚的なインパクトの強さと、ガウディの自然信仰と合致する分かり易い物語(柱や壁に相当する位置に実際の荷重を模した袋を吊り下げると重力がアーチを作ってくれる)が相俟って「形態の自動決定神話」を生み出したんだと思います。, この伝説に従うと、この建物は「全体」でバランスを取っているということになります。逆に言うと、建物バランスは一部分だけでは成り立たない訳ですよ。何が言いたいかというと、、、地下部分しか完成しなかったコロニア・グエルは何故崩れないんでしょうか?←だって、構造計算には完成予定だった上階の加重とか応力とかも考慮されているんですよね?, それが完成しなかったという事は、その部分が無くなるわけだから、当然全体の構造に響いてくると考えるのが普通なんじゃないでしょうか?この点がずーーーと、僕の心に引っ掛っていたんですね。, 「なんでだろうなー?」とか思いつつ家に帰って鳥居徳敏さんの傑作、「ガウディ建築のルーツ:造形の源泉からガウディによる多変換後の最終造形まで」をパラパラとめくっていたら、大変明快な答えが書かれていました。, 鳥居さんはこの著作の中で「構造合理主義」と「構造表現主義」という概念を用いてガウディの建築における「構造表現主義の重要性」を説かれています。両者の違いは何かというと:, 「「構造が形態を要求する」が構造合理主義の理念とするならば、構造表現主義のそれは「形態が構造を要求する」といえるであろう。・・・構造が形態を要請し、力学から自動的に形が生まれると考えるのが構造合理主義の理念とすれば、構造表現主義は最初に形が存在するのであり、その形は作者が想像した形態であり、作者の想像力の賜物になろう。」(p38), そして構造表現主義の特徴が顕著に見て取れるのがコロニア・グエルだと言われているんですね。それを示す一つの例が教会堂内部の内側に倒れ掛かっている4本の柱です。, 模型では内部の柱は全て垂直、もしくはほぼ垂直だったそうです。しかし実際の教会では4本の柱は内側に倒れ掛かっています。, 何故か?←何故ならガウディは彼が想像した美しい内部空間を構造の合理性を使って表現しようとしたからです。, そして僕が疑問に思っていた事と全く同じ事が、模型と実際の形態が異なる証拠として提出されています。, 「・・・もしこのクリプトが逆さ吊り実験どおりに建設されていたとしたら、すでに崩壊していなければならない。なぜなら、逆さ吊り模型は全体が完成して初めて構造の安定が計られることを前提とした実験であったからで、実際は教会堂本体の上部構造が未着工であり、実験前に計算された上部荷重が全く存在しないからだ。」(p64), これらから導かれる結論は、コロニア・グエルでは実験模型によって自動的に内部空間や形態が決定されたのでは無いという事です。, では、何故ガウディはこんな事をしたのか?というと、それはガウディが構造合理主義の建築家ではなく、構造表現主義の建築家だからなんですね。つまり構造によって経済性を追求する(構造合理主義)のではなく、あくまで美しい形態を目指し、「建築家の表現意欲に従って構造力学の合理性が建築制作に利用される事」を目指したからです。, さて、鳥居さんが大変に素晴らしいのは、海ぐらい深い知識もさる事ながら、それらの知識を道具とした彼の解釈(創作)だと思います。鳥居さんは本書の冒頭でこのように述べられています:, 「「創造」が「無」から「有」、あるいは「一」から「多」を作ることを本質にするとすれば、「創作」は「有」から「もう一つの有」、もしくは「多」から「一」を作ることを最大特色とする。つまり、何も無いところから何かを作るのでなく、与えられている無数の材料から何らかの一つのものを作ること、これが人による「創作」の基本になろう。」(p2), 全くその通りだと思います。例えば僕が大好きな建築家、ポルトガルのアルヴァロ・シザの建築の源泉は明らかにアールトであり、ハンス・シャウロンであり、モロッコの土着建築だと思うんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。, そこから出発して幾度かの変遷を経て、最終的にはシザの建築になっています。変形の過程で、ある時「ふっ」と彼の建築になる瞬間があるわけですよ。だから彼の建築にアールトの片鱗が見えようとも、シャウロンの形態が見えようとも、空間は紛れも無くシザのものになっているのです。, ガウディという一人の天才に真摯に向き合う事によって、膨大な知識を道具としながらも、その組み合わせで新しい解釈を創り出した鳥居さんこそ、人間に与えられた素晴らしい能力である「創作」を通して人間としての生き方そのものを示した偉人だと思います。, 「理念的にも技術的にもジュジョールが先進工業社会の芸術家たちと同じ基盤から出発しなかったという意味において、一般に認められている20世紀前衛芸術の歴史が示すものとは異なる」- イグナシ・デ・ソラ=モラレス, 「今日までなかったことだが、もし誰かが20世紀のスペイン芸術・建築界で最も多様性に富み、創造性と想像性に秀でた3人の芸術家、ある意味で、その方面で最も重要な3人を指摘せよと私に訪ねたとすれば、躊躇することなく、ガウディ、ピカソ、ジュジョールの名を上げるであろう。」- カルロス・フローレス, バルセロナから電車で1時間ほど南に行ったところにある世界遺産指定都市タラゴナ(Tarragona)に行ってきました。世界遺産指定都市とは、旧市街地などが「全体で」世界遺産に登録されている都市のことを指し、現在スペインではサンティアゴ・デ・コンポステーラなど13都市が指定されています(地中海ブログ:サンティアゴ・デ・コンポステーラ:アルヴァロ・シザのガリシア現代美術センターその2)。, 古代ローマ時代に築かれたタラゴナはイベリア半島最大の規模を誇り、当時の栄華を伝えるかのような雰囲気が、この街にはそのまま残っていたりするんですね。街中を歩いていると不意に石積みの城壁や巨大なモニュメントに出くわすこのワクワク感!, これはバロック都市ローマを歩く感覚に似てるなー、、、とか思ったりして(地中海ブログ:ローマ滞在2015その2:ローマを歩く楽しみ、バロック都市を訪ねる喜び)。, その名も「地中海のバルコニー」!眼前に広がる地中海、それが全て自分のものであるかのような、そんな感覚を引き起こしてくれるほど圧巻の眺めとなっています。朝から晩まで見ていても全く飽きない、この街にはそんな風景が広がっているんですね。, ローマ時代の円形競技場です。ローマのコロッセオに比べると規模は小さいんだけど、タラゴナの円形競技場は、「地中海に浮かぶ競技場」と、そう形容出来るほど素晴らしい作りとなっています。ローマ人がこの地をイベリア半島の拠点に選んだのも納得がいくなー。, こんな見どころ満載の世界遺産指定都市タラゴナなんだけど、今回この街を訪れたのはローマの遺跡群を訪問する為ではありません。僕がわざわざこの街に来た理由、それは普段は一般公開されていないジュジョールの傑作中の傑作、メトロポール劇場を訪れる為なんですね(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2015:オープンハウスとオープンデータ:今年のテーマはジュジョールでした)。, ひょんなことから知り合いになったタラゴナ市役所の人と話していた所、「え、cruasan君って建築家なの?てっきりコンピュータ・サイエンティストだとばかり思ってた(驚)!それならジュジョールの建築とかって興味ない?市役所の友達がメトロポール劇場の管理責任者だから、連絡してあげるよ」、、、と。そりゃもう、「興味ありまくりです!」。なんてったって、普段は公開していない建築ですからね、どんなに忙しくたって飛んできますよ(笑)。, (注意)この建築は「団体での訪問(数週間前に要予約)」のみ受け付けており、個人への一般公開はしていません。しかし今でも現役の劇場として使われているので、もしどうしてもこの劇場を見たいという方は、週に何回か催される演劇のチケットを購入して劇場の中に入る、、、という裏技があったりします。ちなみに僕が訪れたのはお昼の12H頃だったんだけど、舞台のリハーサル中だった為、照明がつけられないとのこと。暗闇の中での建築鑑賞でした。, この建築への入り口は市内随一の目抜通り新ランブラス通り(Nova Ramble)に面しています。どちらかというとこのエリアは観光客向けのエリアとなっていて、この通りに面して沢山のレストランやバル、小売店などが立ち並び、非常に活気のある地区となっているんですね。←その代わり、カフェの値段設定も観光客向けで、パッと見た所、ベルムッ(お酒一杯)、サンドイッチ、オリーブの実の三点セットで5euroというお店が結構多かった。, こちらがメトロポール劇場のファサードなのですが、まさかこの中に劇場が入ってるなんて、言われないと分かりません。まあ、確かに「メトロポール劇場」とは書いてあるんだけど、パッと見は普通の集合住宅ですからね。ちなみに真ん中の入り口は現在は使われてなくて閉鎖中。今回は特別に右側の入り口を開けてもらいました。で、中に入ると我々を出迎えてくれるのがこの空間:, 窓ガラスには真っ赤な光線が映り込んでいます。黄色いストラクチャーとの兼ね合いも抜群。これを見て「ガンダムのシャアっぽいなー」と思った人、結構いるのではないでしょうか?(笑)。, また、ジュジョール建築には欠かせない彼独特の装飾タイルも健在。ここの廊下は細部を見出すとキリが無いくらい面白くって、この空間だけで3時間は見ていられます(笑)。後ろ髪を引かれながらも、この長―い廊下をくぐり抜けると出くわすのがこちらの空間です:, この劇場のエントランスホールとでも言うべき階段ホールの登場〜。天井には先ほどの渡り廊下からの装飾が続き、空間的な一体感を醸し出しつつ、左手にはジュジョール作のドラゴンの彫刻が神秘的な光の中に浮かび上がっているんですね:, で、出た!ジュジョールの真骨頂、まるで抽象絵画のような空間。。。暗闇の中に真っ青な背景、その中に真っ赤な目のような形をしたオブジェが浮かんでいます。そこから劇場の中へと入っていくと、全体はこんな感じかな:, 上述した様に、僕が訪れた時は舞台を作っている最中だったので劇場内は真っ暗。そのおかげで、明暗のコントラストが非常に強い状態を見ることが出来ました。, じゃーん!観客席のど真ん中に立っている柱とその天井です。当時の市の建築家に「構造が持たないだろう」と大反対されたというこの客席を支える柱。ここにジュジョールの思いを見るような気がします。そしてこの天井がちょっと凄い:, これは後にジュジョールがプラネイス邸で見せた手法ですね(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells)):, このうねるような天井、これを観れただけでも、この建築を訪れた価値があるというもの。正にジュジョールの「イマジネーションの具現化」です。, 個人的にジュジョール建築の面白さは、「彼があたまの中に描いた魅力的な世界観がそのまま現実空間に具現化されているところ」だと思うんですよね。スケッチが上手い建築家は星の数ほどいるし、その世界観が非常に魅力的な芸術家も沢山いるんだけど、それら多くのイマジネーションは現実空間に具現化された途端に輝きを失ってしまいがちです。しかしですね、ジュジョールの場合、そのイマジネーションの輝きがそのまま現実空間の中でも輝き続けている、、、ということが出来るのではないでしょうか。彼が描いた夢の世界に生身の体のまま連れて行ってくれる、、、そのように思わせてくれる空間の質が彼の建築には存在しているのです。, 実はこの劇場は、「海の中」、そして「船」というモチーフと共に考えられたらしく、地下は深海のイメージでデザインされています。, 地下空間の至る所にはそれらのモチーフがふんだんに使われているんだけど、天井には海面のゆらゆら感が表現されていたりします。, これがこの劇場の全体像。入口がある新ランブラス通りに面している住宅と、裏手にある住宅一棟分が演劇ホールになっているのですが、その間を結ぶ回廊が非常に良い均衡空間となっていることが分かります。つまりこの空間を通ることによって、「これから劇場の中に入っていくぞ!」という心構えを作る前室となっているんですね。この回廊の天井も必見:, 黄色い筋交いが非常に印象的です。この部分は内戦の際に爆撃により破壊されてしまった為、半分がジュジョールのオリジナル、もう半分がオリジナルに忠実に基づいて復元された部分となっています。そして目線の先には、ガウディが得意とした逆三角形の柱がチラチラと見え隠れしています:, この建築の改修の依頼はもともとガウディにきていたらしいのですが、サグラダファミリアに没頭していたガウディが、同郷(タラゴナ出身)の弟子(ジュジョール)に仕事を回した、、、という経緯があるそうです。そんなこんなで、ガウディの工房から独立したジュジョールが実質的に初めて手掛けた建築作品という位置付けでもあるんですね。また、ジュジョールは長らく「忘れられた建築家」だった為、この建築は後年(1950年代)映画館に改装され、その際に窓が塞がれたり、動線が不明になったりと、建築としては廃墟同然の状態にまでなってしまいました。, そんな中、近年のジュジョール建築への再評価が高まるにつれ、タラゴナ市役所が物件を購入し、修復・再建する方針を打ち出したこと、そしてもう一つ重要なファクターとして、この修復に携わったのが、スペインを代表する建築家の一人、ジョセップ・リナスだったことが挙げられます(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)。, 元々ジュジョールの大ファンだったリナスは、ジュジョールのオリジナル部分を丹念に調べ上げ、注意深く修復を施しました。いわばこの建築は、時代は違えどカタルーニャが生んだ代表的な建築家二人の協働作品というべきものにまで昇華された、そんな建築作品となっているのです。, 特にパエリアやロブスターの雑炊(スープパエリア)、ムール貝などは絶品なので、もしタラゴナに行かれた方は是非試されてみる事をオススメします。, 値段もバルセロナよりも安く、地中海を眺めながら非常にゆったりとした時間を過ごす事が出来ると思います。, バルセロナから電車で2時間ほどの所にある小さな町、イグアラーダ(Igualada)に行ってきました。この町はカタルーニャが「スペインのマンチェスター」と言われていた19世紀末頃に繊維工業で栄え、町の至るところには当時の面影を残す工場跡地が幾つも顔を覗かせています(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。, その割に、歴史的中心地区は意外に小さく、幾つかのミュージアムを除いては特に見るものも無し。。。しかしですね、そんなコレといった観光資源もない町に、毎年海外から数多くの建築家達が押し寄せて来るという摩訶不思議な現象が起きているんですね。, 何故ならこの町にはカタルーニャが生んだ今世紀を代表する建築家、エンリック・ミラージェスの傑作の一つ、イグアラーダの墓地があるからです。, 実は、、、バルセロナに来た当初、エンリック・ミラージャスの建築にはさっぱり興味がありませんでした。勿論、El Croquisなどを通して知ってはいたのですが、なんかクネクネしてるだけだし、「ほ、本当にこれが良い建築なのか?」とかなり疑心暗鬼だったんですね。, そんな僕の疑念を一気に吹き飛ばしてくれた建築こそ、今回訪れたイグアラーダのお墓だったのです。いま思えば当時の僕は、「建築とは何か、社会文化とは何か、建築家とはその社会にとってどういう存在なのか?」といったことが、これっぽっちも分かっていない若造でした。というか、そんなことを考える=「建築をその地域の社会文化の中で考える」というアイデアすら思い付かないほど、何も知らなかったのです。, ←スペインの格言で「無知とは最大のアドバンテージだ(Ia ignorancia es una gran ventaja)」というのがありますが、正にそれにピッタリだったと思います。, そんな僕に、建築と社会の繋がりの大切さを教えてくれたのが、エンリック・ミラージェスの建築であり、Oportoを拠点とする建築家、アルヴァロ・シザだったんですね。, いまから15年前、当初はソウト・デ・モウラの建築に興味があって訪れたポルトガルだったのですが(地中海ブログ:エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの建築:ポウザーダ・サンタ・マリア・ド・ボウロその2:必要なくなった建築を壊すのではなく、修復してもう一度蘇らせるという選択肢)、「時間が余ってしまった」という消極的な理由から偶々見に行った美術館が素晴らしすぎて、その3日後には「シザの建築をどうしても理解したい」と思うようになり、即決で1年弱Oportoに住み込むことにしちゃいました。, ←その当時は時間は腐るほどあったし、何よりユーロ通貨が導入されたばかりの頃だったので生活費が尋常じゃ無いほど安かったのです(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。, Oportoに住んでいる間、毎日の様にシザの建築を訪れたり、街のいたる所で行われる建築関連のイベントに参加したりと、「書籍からではなく体験から」、建築と社会文化、そしてその社会の中における建築家の役割ということを肌で学ぶ事が出来たのは本当に幸運だったという他ありません(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:セラルヴェス現代美術館:人間の想像力/創造力とは)。また日本では「詩的」と評されるデザインばかりが紹介されがちなのですが、ポルトガルというローカルな地域の中でグローバルな建築家がどう評価され、どう受け止められているのかという別の側面を垣間見ることが出来たのは、建築家としての僕のキャリアを形成する上で掛け替えのない財産となったと思います。, それ以来、書籍でしか見たことの無い建築や、自分が住んだことの無い地域の建築を深く語るのはやめることにしました。, 建築は社会文化に深く入り込んだ存在であり、その社会文化の表象でもあるので、その建築がその社会の一体何を表しているのか、その文化にとってどんな意味があるのかを理解しないことには、その建築がそこに建っている意味が分からないと思うようになったからです。例えば僕は昔からジャン・ヌーベルの建築が良く分からなくて、結構色んなところで批判もしてきたのですが、「あの「ヌメーとした感覚」は、もしかしたらフランス文化のある側面を表しているのかもしれない、、、」といまはそう思うことが出来るようになりました(地中海ブログ:マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェルの建築:国立ソフィア王妃芸術センター)。, そんな僕の眼から見た時、エンリック・ミラージェスの建築は、バルセロナというこの地のもつパワー、ギラギラ照りつける太陽の下、陽気に溢れ返っているこの地の社会文化を的確に表象している、そう断言することが出来ます。彼が意図する・意図しないに関わらず、彼が創る建築はそんな側面を表象してしまう、そんな数少ない建築家の一人なんですね。そう、まさに:, このお墓は工業地帯の一角(町の郊外)にあります。駅から歩いて45minくらい、タクシーなら10min程度ですが、人気(ひとけ)があまり無いところなので一人で行くのは絶対に避けましょう。, ←スペイン在住16年で、危ない環境に足を踏み入れたら即座に危険センサーが鳴り響く僕ですら、正直ちょっと怖かったです。, 大自然の中にひっそりと佇むコンクリートの形態達、、、って感じかな。コールテン鋼で創られた軽快なオブジェが、青い空と緑にマッチしています。ダイナミックな形態をしたこのオブジェはミラージェスの十八番。, カタルーニャ内陸部にミラージェス事務所がデザインした小さな図書館があるのですが、その建築に流れる物語のクライマックスに変形可動テーブルを持ってきていることは以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェスとベネデッタ・タリアブーエのパラフォイス図書館:空と大地の狭間にある図書館)。ちなみにスカルパもクエリーニ・スタンパリアで壺による大変特殊な空間体験を持ってきていましたし(地中海ブログ:カルロ・スカルパの建築その2:クエリーニ・スタンパリア:空間の建築家カルロ・スカルパ:ものすごいものを見てしまった)、カステル・ヴェッキオでは、各展示室に置かれた家具が、空間の質を左右する重要な要素として考えられていました(地中海ブログ:カルロ・スカルパの建築その3:カステルヴェッキオ:空間の建築家カルロ・スカルパ:ものすごいものを見てしまったパート2)。, これが典型的なヨーロッパのお墓です。我々日本人にとっては非常に印象的な風景だと思います。そう、ヨーロッパのお墓というのは、こんな感じで高層マンションの様になっているんですね。, どうしてこうなっているのかというと、日本では火葬が一般的なのですが、ヨーロッパでは土葬が主流だからです。つまりはそれだけスペースが必要になってくる為、高層化しないと土地が幾らあっても足りなくなってしまうからです。特にカトリック信仰が根強く残っているスペインにおいては、基本的にみんな土葬だったりするんですね。, ←なんでかって、カトリックでは「死んだら復活して天国へ行ける」と信じているので、体を焼いちゃったら復活出来ないからです。, ←火葬の日本では、死んだ直後に焼いちゃうから、死人はその時点で時間が止まる為、日本の幽霊(お化け)はいつも五体満足で出てきます。, ←逆にヨーロッパのお化けは基本的にゾンビです。ヨーロッパでは土の中に体が残っている為、死んでからも時間が経過するので(つまりは腐敗が進む為)、五体満足の状態では出てこれないのです。, 埋葬の仕方なのですが、基本的に上の写真の穴一つ分が1家族の埋葬スペースになります。で、この高層マンションタイプが一般庶民用なんだけど、お金持ちのお墓っていうのがコチラ:, ゆったりスペースタイプ(笑)。正に「地獄の沙汰も金次第、、、」と言った感じでしょうか。ちなみに下のお墓はバルセロナ市内にあるイルデフォンソ・セルダのお墓です:, バルセロナの新市街地を創った彼のお墓らしく、セルダブロックがデザインされたオシャレな創り(笑)。また律儀にも、現在の過密状態ではなく、彼が理想とした低密度バージョンになってるww, エントランス向かって右手側が斜めに大きくせり出し、その力を受けて少し押されるかのように反対側の形状が凹んでいるんですね。これはコルビジェの影響だと思われますが、ミラージェスのもう一つの傑作、バラニャ市民会館がコルビジェの影響を強く受けていることは以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェスの建築:バラニャ市民会館:内部空間編)。, ただ、形態的には確かにコルビジェなんだけど、この強いせり出しによる空間構成とここに流れる空気は、アルヴァロ・シザの教会の膨らみに似ている気がします(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の知られざる地下空間:真っ白な空間と真っ黒な空間)。, 1つのユニットとしての箱(1人用のお墓)がこれだけ沢山並んでいると、それだけである種のリズムを創り出していて爽快です。つまりは同じものを反復することによる美、、、という手法ですね。、、、ここで思い出されるのがミース・パビリオンなのですが、実は僕、バルセロナに来たばかりの頃、バルセロナ・パビリオンの良さがさっぱり理解出来なくて、一ヶ月くらい毎日通い続けたことがありました。, ←あまりにも毎日来るものだから、係員のお兄さんが不思議がって、「お前は一体誰だ?」みたいな話になり(笑)、それが縁でミース財団と知り合いになり、一年後にミース財団奨学生にしてもらうことが出来たっていう、嘘のような本当の話(笑)。, その当時は時間だけはあったものだから、本当に毎日通ってて、で、一ヶ月くらい経ったある日、ふと気が付いたのです。, 「大判で同じサイズのトラバーチンがあれだけ丁寧に、しかも毅然と並んでいる風景は結構美しいかもしれない、、、」と。, ちなみに僕は奨学生という立場を利用して、バルセロナ・パビリオンの地下に入ったことがあります。, ←バルセロナ・パビリオンの再建を請け負ったイグナシ・デ・ソラ・モラレスによると、オリジナルと複製で唯一違うのが「地下空間があるかどうか、、、」という点だそうです(地中海ブログ:バルセロナパビリオン:アントニ・ムンタダスのインスタレーションその1)。, ←もう一つちなみに、今年(2016年)はミース・パビリオン再建30周年記念だった関係で様々なイベントが行われていたんだけど、再建当時、このパビリオンの大理石を探す為に世界中を駆けずり回っていた石職人のおじいちゃんのインタビュー記事が地元の新聞に載っていました。, こういう記事が新聞の見開きに大々的に載ること自体、市民全体に「建築」が浸透していることの証でもあると思います。, さて、この建築の構成なのですが、左手には先ほどみたお墓が一直線に並んでいるのに対して、その力を受ける反対側のお墓は、あたかもその静寂さを崩すかのような構成をしているのが分かるかと思います:, 3つに区切られたブロック、その真ん中の部分だけを敢えて引っ込ませることによって、画一的になりがちな形態に動きを与えることに成功しているんですね。更にその引っ込んだ部分は、左手側の形態に対応している為、二つの形状の間に連続感すらも獲得しているというオマケ付き。この辺は非常に上手いと思います。, また、この引っ込みによって出来た空間(膨らみ)が、クライマック的空間に到達する一つ手前のクッションとして働き、人の流れに対する「溜まり」を請け負っていることも分かります。そこを抜けると広がっているのがこちら:, 空を切り取っていた直線がその端部においてどう終わっているか、、、という点です。そう、建築のデザインにおいて大事なことは、直線そのものではなく、その直線が他の直線とどう交わっているのか、はたまたその直線がその端部でどう終わり、どのように空を切り取っているのか、、、ということなんですね。, それらのことが非常に良く分かる基礎デザインのオンパレード!ミラージェスの建築が輝いているのは、なにもそのグニャグニャ感だからなのではなくて、そのグニャグニャ感を支えている「ちょっとしたデザイン」、その基本をキチンと押さえているからこそ、彼のグニャグニャが活きてくるんですね。そういうデザインの基礎も何も無しにやっているのは、単なる形態遊びでしかありません。, この位置から見ると明らかなんだけど、エントランス(入り口部分)が狭く、そこから奥に行くに従って末広がりの空間構成になっていることが分かるかと思います。そしてその空間を抜けると広がっているのがこの風景:, 一番奥の部分に、人々が溜まることが出来る空間、一番広い空間を持ってきています。この丸い空間を上から見てみます:, 床に埋め込まれた木々が非常に良いリズム感を醸し出しています。ここはこのお墓に来た人たちがゆったりと談笑する空間、祖先と向き合う空間として設えられているんですね。ちなみにこのお墓には2000年に急死したミラージェス自身のお墓もあったりするのですが、ミラージェスのお墓の壁には海外から引っ切り無しに訪れる建築ファンのコメントで溢れ返っていました:, 計画されながらも10年以上も放置されている教会堂です。「あー、そうか、、、ここがこの建築のクライマック的空間として計画されたんだな、、、」と、ここまで来て初めて、この建築に流れる物語(ストーリー)の全貌が明らかになりました。, この教会堂には、三つのトップライトから光が存分に降り注ぎ、まるでその光を受け止めるかのように、大きな掌のような形態をした受容器がデザインされています。そしてその表面は意図的にザラザラの装飾が施されているんですね。, これはバロック建築がよくやる手法、真上からの光を受け止め、その光がどのように空間に拡散されていくかを視覚化する装置と一緒です(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館:もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院の回廊に見る光について)。, この建築を訪れることによって感じること、それは普通のお墓にありがちな辛気臭さだとか、悲壮感などではありません。そうではなく、この空間に溢れているのは喜びであり、楽しさであり、何より心弾む、そんな感覚なんですね。ミラージェスはこのお墓をデザインするにあたり、こんなことを言っています(10以上前に読んだ記事なので一言一句覚えている訳ではありませんが、こんな感じの趣旨だったと思う):, 「お墓というのは、故人を悲しく想い偲ぶ場所なのではなく、故人と向き合い再会することによって、みんなで楽しむ場所なのだ」、、、と。, 建築は表象文化です。そして建築とは、個人的な感情よりも集団的な価値観を、悲しみよりも喜びを表象するのに大変適した芸術形式です。, このお墓には、この地に生まれ育ちながらも死んでいった人達と再会する喜び、そんな感覚で満ち溢れています。そしてそれこそが、このカタルーニャ、ひいてはスペインという地の社会文化であり、そのことを一撃の元に表しているのがミラージェスという稀代の建築家がデザインした建築だったりするのです。, 先週金曜日(11月25日)、PhD Defense(日本で言うところの最終口頭審査)に合格し、博士号(Ph.D in Computer Science)を取得することが出来ました!, 学位論文のタイトルは「建築と都市における人の移動(モビリティ)分析」。都市や人々の活動に関するビックデータとその分析が、建築デザインやアーバン・プランニング(都市計画)にどのような影響を与えるのか(もしくは与えないのか)という問い(Research Question)について、「人の移動(モビリティ)」という観点から検討しました。この博士論文は3本の独立したジャーナル・ペーパー(査読付き論文)から成り立っています:, 1.ルーブル美術館来館者研究(Environment and Planning B), 2.バルセロナ旧市街地における買い周り行動分析(Applied Geography), 3.クレジットカード情報を用いたバルセロナ市における人々の買い周り行動分析(Environment and Planning B), 3本ともこの分野における最高峰の国際ジャーナルに採択された論文です(つまりはカンファレンス・ペーパーではありません)。さらに博士論文の章立てとしては含まれてないけど、業績としては下記の2本の論文も国際ジャーナルに採択されました:, 4.

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